とある大学に捨てられた猫たちと、そんな猫たちを見守る日記 ~猫と医学と~命を尊ぶ

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2006-05-30-Tue-02:11
事件あれや、これや...


サチヨさんに抱っこされてご満悦~

ネネが亡くなって2週間しかならないのに、まやさんちのちゃちゅ(お嬢と同じ柄だけれどスレンダーで半長毛の可愛い子)そしてアケッチママさんちのこてつが相次いで旅立った。今年に入ってから、周りで訃報が相次ぐ。

そして...

今度は姉貴んちのクロベエ。食欲大魔神だったのに、ご飯を食べなくなり部屋に籠もって出てこなくなった。慌てて獣医さんに連れて行ったら、腎不全とエイズ。エイズは発症かどうかは定かではないけれど、風邪も引いている。しかし、連日の点滴とインターフェロンでなんとか食欲が戻りつつある。

いつまでたっても、肌寒さの残る今年。いつもなら、もう建具も夏用に変わっているころなのに。

米原万里さんが逝去された。ロシア語の通訳で有名だけれど、ある雑誌で読んだエッセーがいまだ心に残っている。とある国際会議で同時通訳していた時、会場に子猫が捨てられていた。助けを求めて鳴く悲痛な声に各国の首脳が右往左往したそうだ。どうしよう、どうしよう、とうろたえる首脳陣。なんだか、可愛いなあ。見かねて万里さんが猫を連れて帰ったと記してあった。後で調べてみたら、彼女はとても動物好きだとわかった。そのときの猫かどうかはわからないが、猫5匹と犬4匹と暮らしていた。卵巣癌と闘い、25日亡くなった。享年56才。ちょっと毒舌・反体制で、こよなく動物を愛する人、こんな人には、もっともっと長生きしてもらいたかった。
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Comment

2006-05-30-Tue-10:21
私も昨日知って

余りにも早い旅立ちにショックを受けてました。米原さんの話です。「ヒトのオスは飼わないのですか?」という作品に、この会議場の一件が書いてあったと思います。確か、お母様と二人暮らしだったと記憶しますが、米原さんちの犬や猫はどうしたろうか?そんな事も考えました。「わたし、猫語がわかるのよ」という作品にも、短編が載っています。作品の猫とのエピソードは、どれも深い愛情と共感を持って、読ませていただいてた方。アア、惜しい方が逝ってしまわれましたね。
それに、先生のお友達も悲しいお別れが沢山あったそうですね。
心からご冥福をお祈りします。

2006-05-30-Tue-12:26
私も

米原さんの訃報を知って真っ先に残された猫や犬はどうなるんだろうって思いました。惜しまれる人は早死になのでしょうか。憎まれっ子でもいいから長生きしてもらいたい人でした。
ネネちゃんのこと、この世は辛すぎるから生まれ変わらなくていいという、はなちん先生の言葉になにも言えませんでした。でも、ネネちゃんははなちん先生と出会えて幸せだったと確信しています。
不安定な天気が続いています。無理をしないでと言っても無理かと思いますが、はなちん先生お身体を大切になさってください。

2006-05-30-Tue-15:49

今知ってすごいショックです!
心から猫たちを大切にしてくださるのが
文面からあふれ出ていたのに.
どうして死んではならない人は先に死んでしまうのか…!

2006-05-31-Wed-22:14

あ、やっぱり皆さん、知ってるんですね。
どうしても有名人で猫好き、それも野良猫とか動物愛護とかに係わっている人となると、目がいきますし、応援したくなりますよね。こういった人たちが、もっと声を大にして命を大切にすることを広げていけば、底辺からの私たちの活動といっしょになって、もっともっと良い世の中になるでしょうにねえ...

2006-06-04-Sun-14:10

ごぶさたしております。
訃報のお話がつづき寂しいです。

母は2月末に市民病院消化器内科のN山先生に胃漏の施術をしてもらうことになり私が内視鏡室の外で待っていると先生が私に
「ちょっとこれ見て」と呼ばれて中に入ると、モニター画面を指されて「胃癌があるよ」と言われ、見ると小指先大の腫物が写されていました。先生は「この位置なら胃漏に支障ないですが今日はこの腫物が何か細胞採取して検査するので施術は中止します」とのことでした。数日後腫物はリンパ腫との結果でした。それから中心静脈点滴になり半月後ぐらいに胃漏の施術をしての栄養補給になって少し太ってきて元気になると思っていたところ、Bリンパ球も元気になったのか、首の左横のリンパ腺が次第に大きくなり握りこぶしぐらいになったので主治医の先生は、「これだけ腫れたので抗がん剤を使ってみます」と言われました。そしてひと月ほどで腫れも小さくなりました。

先月上旬に酸素マスクをしているので看護婦さんに聞くと、「発熱されて、少し肺炎気味らしいので」とのことでしたが半月ほどで酸素マスクもとれて、5月下旬には顔色も良く元気になり安心していました。

6月1日(木)夜9時過ぎに市民病院から、「お母さんの容態が急変しましたのですぐに来て下さい」と、電話があり行くと主治医の先生が病室で胸を押し心臓マッサージをされておられました。母の顔はもう血の気は無く脈拍も30ぐらいの数字でした。そしてしばらくして手を止められると脈拍の数字は0になりました。

今年の3月で93歳になりましたので大往生だと思いますが、今でも病院へ行くとまだ母が入院していて会えるような変な気持です。
猫以外の私的な事を長々と書いて申し訳ございませんでした。
はなちん先生にはいろいろと助言いただきましてありがとうございました。大学やお家の猫たちのいつまでも元気なことをお祈りいたします。

2006-06-06-Tue-02:17

そうでしたか。お寂しいかぎりですね。
できれば、最期の時は、慣れ親しんだお家でゆっくりとすごさせてあげたかったですね。そう思うと、病院ってなんだろう、医者ってなんだろうって、つくづく考えてしまいます。お母様のご冥福をお祈り申し上げます。

2006-06-06-Tue-12:54
家の場合の疑問

ありがとうございます。

最近は病院で亡くなる方がほとんどだと聞きます。
8年前の父も入院して1週間ほどでした。

それで素人の質問で恐縮ですが、家で亡くなった場合(気が付けば既に冷たくなっていた時とか)の役所へ出す死亡届の死亡診断書はどの医師が家に来て遺体を見て書いてもらえるのでしょうか?

数年前、母のかかりつけの開業内科の女医さんとの話のついでに「もし家で既に亡くなっていた場合は先生が来て死亡診断書とか書いてもらえるのですか?」と聞くと「私が行ければ行きますが」と答えられただけなので、そのまま疑問に思っていました。

入院していた病院の主治医が家に来てくれるわけはないし、まったく初めての医師に頼んで家に来て遺体を見て死亡診断書を書いてもらえるのですか?
今回そんな思いで母の死亡診断書を見ると「死因:悪性リンパ腫、治療期間:1年2ヶ月」と書かれていました。けどこれって入院していた病院の主治医だから書ける内容だと思うのですが?もし初めて遺体を見た医師の場合はどのように書かれるのでしょうか?事件性が無いと判断されればその場ですぐに推定される適当な死因を書かれるのでしょうか?

2006-06-06-Tue-22:33

えーっと、確か、48時間以内に診察していれば、病死であれば、その医師が診断書を書くことができます。まったく診たことがない、とか、48時間以上だったら、その地区の検死担当の医師が検死して診断書を書くことになっていたと思います。

たいていは、病気で往診していたり、診察していたりしていた患者さんなら、検死ということでなく、死亡時に立ち会ったみたいな形で診断書を書くことが多いのではないでしょうか。ただ、厳密には先に言いましたように48時間以内に診察していないと書けないので、おおっぴらにできないんだと思いますけど。

事件性がない場合には、罹られていた医師に連絡して事情を聞いたりして、診断書(この場合は死体検案書になります)を書くことになると思います。

2006-06-07-Wed-00:31
わかりました

あっ、そう言えば、「死亡診断」の横に「検案」と書かれた項目がありました。ご説明ありがとうございました。

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大学で最後に生まれた茶々は、1年間限定の命の蝋燭を燃やし尽くして、旅立ちました。でも、小さな命の悲鳴は、続きます.....

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